Google撤退と「中国崩壊論」の崩壊
Googleが中国から撤退した。実にスピーディな決断だった思う。それは、Googleの社風でもあるが、インターネット独特の時間の流れ方でもあると思った。コンテクストは違うが、辻野氏の以下のコメントが印象的。
インターネットの世界では比較的低コストで新しいサービスをつくっていけるが、思いついたらすぐ始めないとほかの誰かが初めてしまう。やるリスクよりやらないリスクのほうが大きい。工場でつくった製品を流通させていく世界では、やるリスクのほうが大きい。大きな設備投資をして失敗したら、取り返しのつかないこともある。だが、ウェブの世界は逆。まずやってみて、ユーザーが支持してくれればそれでよし。ダメなら撤退すればいい。大事なのはスピード。そして、その実現にはカジュアルさが不可欠である。
プレジデント 2010.03.15号「頼れる人はここが違う」グーグル社長 辻野晃一郎氏
撤退とはいうが、実際にはドメインと検索機能を香港に移すだけで、人や固定資産を移す必要はないだろう。たとえば自動車メーカーのような製造業だったら、購入した土地や設備、採用した労働者等の固定費のやりくりが必要となり、判断が慎重にならざるを得ないだろう。こうしてみると、インターネット業界って楽しそうだ。
中国をみるスタンス
Googleの中国撤退は、まるで、民主主義の敗北の象徴的なシーンととらえられている節がある。僕も個人的に残念に思うところはある。しかし、そもそも民主主義がもっとも優れた制度である確固たる保証はないし、ローカルな事情を知らずして言論の自由や民主化を叫ぶのは傲慢だと思う。したがって、まずは現地の事情や歴史、文化などを知ることが肝要だと思う。戒めをこめて。「中国崩壊論」の崩壊
今回のGoogle撤退に関して国内世論は、意外にも当局に賛同する人が多いようだ。ここで、単純な疑問が生じる。仮にGoogleが中国の民主化を進める旗手だとするなら、中国国民はもっと残念がるはずだ。しかし、結果はそれとは逆であった。なぜ?そもそも、中国崩壊論、すなわち、天安門事件における共産党指導部の圧政に強い怒りを持ちながら、深刻な経済の低迷に苦しんでいた中国の人々は、いずれ旧ソ連や東欧諸国の人々と同じように自由や人権が尊重される民主主義を追求し、共産党体制の追放に立ち上がる、という考えが西側において支配的だった。しかし、そういった自由や民主主義を求める勢いはむしろ急速に鎮静化していった。
調べていくと、以下の5つの理由が挙げられる。
1.中国国民の強い安定志向
- 19世紀以降、戦争と内乱、、文化大革命をはじめとした権力、イデオロギー闘争に翻弄されてきた中国国民にとって、安定的な生活は、往々にして自由や民主主義よりも強い。
- ルーマニアやソ連で社会主義が崩壊し、独裁者が処刑される姿など革命のもつ残酷な一面やその後の経済的苦境など政権喪失の代償が大きいことを見せつけられ、民主化を追い求めようとした中国国民の情熱が冷めた。
2.共産党および知識人の変貌
- 共産党がイデオロギー的政党から経済界の利益を最優先する開発独裁政党へ変身した。
- 江沢民の「三つの代表論」により、共産党は、プロレタリアの利益を代表する革命政党から、億万長者までをも含めたすべての国民の利益を代表する全民党へ転換された。
- 知識人は独裁体制の天敵とされてきたが、ソ連や東欧諸国の激変を反面教師に、安定志向が急速に広まった。
- 国際社会、とりわけ米国の中国に対する覇権主義的行為や民族的屈辱感が、知識人のナショナリズムを高揚させ、現体制に対する求心力を高めた。
3.中産階層と共産党の「同盟」
- 1990年代以降、中国の中産階級はほぼ皆無の状態から生成、拡大していった。
- この層は、現体制の合法性を擁護、サポートし、両者の間で実質的に一種の同盟関係が結成された。
- 経済的富を求める自由は、権力を握っている人、権力にアクセスできる人を中心に分配され、主にこれらの人を中心に中産階層は形成されていった。
4.アメとムチ政策で抵抗を無力化
- 体制への抗議行動や反抗を煽りかねないと判断したマスコミや弁護士、リーダーに対しては厳しく取り締まる”ムチ”政策を実施。
- 政府の食糧買い上げ価格の引き上げ、農業税の撤廃、貧困地域義務教育の完全無料化、家電下郷をはじめとする弱者階層の利益に直結するような”アメ”政策を実施。
5.専制政体に資する伝統文化
- 秦代以降、いづれも「新王朝の誕生→腐敗・圧政の蔓延→社会的対立の高まり→農民・大衆蜂起→王朝転覆→新王朝の誕生」と同じパターンで王朝の交替が繰り返されてきた。
- 始皇帝の築いた中央集権型で専制的な政体はずっと継承されきており、かつ、どの王朝も寿命が長い。
- 国民は、よりよい社会を作るための手段をあくまでも聖君賢相に期待しようとする心理が強い。
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