懐かしのテレフォンボックス、あるいは思い出の列車旅

4日間のスイスでの研修を終え、次の研修場所、ミュンヘンに向かうことになった。朝起きて、研修のメンバーと朝食をとり、別れの挨拶をして、僕はホテルの前にある駅に向かった。


欧州では10月までサマータイムらしい。そのため、朝7時を過ぎても空はまだ真っ暗だった。リュックを背負いスーツケース片手にプラットフォームで待つ。かなり肌寒い。そして、7時40分過ぎ、チューリッヒミュンヘン行きのユーロスターが来た。僕は列車にのり、予約した席に腰を下ろした。これからミュンヘンまで、約4時間の列車旅となる。
眠気におそわれながらも、しかし、僕は眠ろうとはしなかった。あのテレフォンボックスを見るために―。


このルートは、大学3年のときにひでと一緒に旅したルートと全く同じだった。当時、ひでが卒業するということで、卒業旅行で来たのだ。たしか僕はそのために何社かベンチャー企業の面接を辞退したと思う。しかし、そんな後悔を忘れてしまうくらい楽しい旅行だった。

当時は、チューリッヒに夜到着し、夜行列車でミュンヘンに向かおうとした。しかし、夜行に乗れず、とりあえず国境の町まで行くことにした。ところが、2人とも長旅の疲れで列車の中で寝てしまい、乗り遅れてしまった。
そのため、仕方なく僕らは国境沿いの町の駅にあるテレフォンボックスで一晩を明かしたのだった。時は2月、季節はまだ冬だった。なかなか大変だった。しかし、寒い夜を耐えたあとに朝飲んだコーヒーは格別だったことを覚えている。その後も間違ってオーストリアに入国してしまったり、ミュンヘンユースホステルで友人ができたりと、感動が多く楽しい旅だった。



あれから4年。いろいろなことがあった。屈辱も味わったし、喜びもあった。たくさんのことを経験し学んだ。そして今僕は、外資系の会社に勤め、今回研修で欧州にやってきた。4年の重み、僕はそれを確かめるために、あのテレフォンボックスを見たかったのだと思う。


そして、そのテレフォンボックスは確かにあった。もちろん少しばかり変化もあって、駅が少し綺麗になったりスターバックスが入っていたりしていた。僕らが飲んだ小さなコーヒー店はもうなくなっていた。

一瞬ではあったが、確かに記憶と変わらなぬ風景がそこにはあった。それは旅の思い出と4年の記憶を呼び起こしてくれた。僕は感動した。この奇跡に。小さな感動ではあったが、生きてよかったと思った。そして、また今日、明日を頑張ろうと思った。



そんなことを考えていたら、日も昇って来た。牧草地に朝霧、朝焼け、実に美しかった。それを見て、僕は眠りについた。